浅田顕という人:EQA梅丹本舗GDR監督

pedalfar2009-07-02

新城幸也別府史之、二人の日本人選手がツールを走る。夢のような話だ。大きな歯車が、しかも二つの歯車が同時に動いたような出来事だ。この二人が辿ったツールへの道のりの共通のキーマンといえば、それはEQA梅丹本舗GDR浅田顕監督以外にいない。(画像は先に行われた全日本選手権で引退する岡崎選手と抱き合う浅田監督)

彼に興味を持ったのは5、6年前だろうか。当時、チームアンカーの監督だった彼は、その年のチームプレゼンテーションで「ツール・ド・フランス出場を目指す」と言った。個々の選手が憧れ・夢として「ツール・ド・フランスへ」と言うことはあっても、チームの具体的な目標としてそれを言う人など、その頃は皆無だった。「言うのは勝手だけど」周りの反応はそんな雰囲気だった。

2004年末から2005年にかけて掲載されていた、浅田監督や別府フミーと縁の深い「スポーツバイクマツナガ」の松永さんがインタビューしたこの記事(WayBackMachineのアーカイブなのでちと重い)。当時、この記事を読んで感銘をうけた。「この人は本気なんだ」と強く感じた。その頃はTT3からTT2へ(今で言うコンチネンタルチームからプロコンチへ)資金不足で昇格することができずにもがいていた。残念なことに資金面でいえば、その状況は今もあまり変わりがない。

2005年には別府をディスカバリーチャンネルへ送り出す(2003年の別府のこのインタビューも興味深い)。2008年に新城幸也宮澤崇史、そして急激に進化した清水都貴という三枚看板で快進撃を遂げた後、2009年には新城と宮澤をヨーロッパプロチームへ送り出す。アジア最強のスプリンターと言われる韓国のパクなど外国人選手で大型補強を行ったものの、残念ながら今年はまだ勝利に恵まれていない。(宮澤は移籍したアミーカチップス・クナウフの選手登録の混乱もあってシーズン後半からEQAに復帰する)

「あいつを育てたのはオレだ」そんなことを声高に言う人がよくいる。浅田監督はそういったことを一切言わない。いや多分そんなふうに思ってすらいないのだろう。選手が強くなる。チームがその選手の収まる器になれなければ、選手は強いチームに移っていく。「それはあたりまえのことだ」と彼は思っているだろう。しかしその心の奥深いところで彼が何を思っているのか、それに興味がある。

昨年のUCI1クラスでのステージ2勝と総合優勝。その他にも2クラスでの勝利を重ねたこのチームが資金不足でプロコンチに昇格できない。なぜ?もったいないと思う。しかしその反面、UCI1クラスの「パリ〜コレーズ」で総合優勝と言っても、日本から見ると「遠い出来事」だという現実も感じる。それが日本の「ロードレースの現実」だけれども、この夏をきっかけに何かが変わるだろうか。

新城、別府、宮澤、清水、それにキャプテンとして福島兄。こんなカードを彼に持たせてみたいと思うのだ。客観的に見て、このメンバーが中心になれば「プロコンチで勝ちまくる」とまでは言わないけれど、けっしてヨーロッパのチームと比べて見劣りすることはないはずだ。

新城と別府が浅田顕という人を経てツールに辿り着いたことは偶然でも何でもない。彼は「日本人のチームでツールに出たい」と本気で思っている唯一の日本人なのだから。
この夏に動く新城と別府という大きな二枚の歯車。その歯車が浅田顕という歯車と再び噛み合う時がいつかやってくることを僕は夢見ている。

ロードバイクランキング