サランラップで傷を治す:湿潤療法を試してみて

俗にラップ療法と呼ばれている湿潤療法に関するエントリーがはてブにあがっているけれど、コメントを読んでみると誤解されている部分や半信半疑っぽいコメントも多いので、以前、僕自身がこの方法を試してみた時のことを書いてみよう。元は3年ほど前にmixiの日記に書いたものだ。

湿潤療法(ラップ療法)は擦過傷を負うことの多い自転車乗りの間では比較的よく知られている。3年ほど前に奥多摩で落車して腕と脛に広範囲の擦過傷を負った時「これはいい機会だからラップ療法を試してみよう」と思いついた。きっかけは以前ジョンソン・エンド・ジョンソンキズパワーパッドを使った時の傷の治癒スピードに感嘆したからだ。

その時もやはり落車で肩に擦過傷を負い「傷の治りを早くする」という謳い文句に興味を持って、当時発売して間もないキズパワーパッドを試してみたのだ。その効果はちょっとびっくりさせられるもので、数日で擦過傷になった部分の皮膚が再生した。それでキズパワーパッドのことを詳しく調べるうちに、これが湿潤療法の効果を使った商品であることを知り、この本の著者である夏井睦氏のサイトにも辿り着いた。この治療法の医学的な解説は氏のサイトを読んでいただきたい。

湿潤療法の原理を簡単にいうと「傷の部分に傷から出る体液を保持し、傷を湿潤状態に保ち細胞の活動を活発化させて治癒を早める」というもの。従来の傷の治療のように「ガーゼで体液を吸い取り乾かして傷を治す」という治療法の対極にある。

乾燥した状態では再生の為の細胞の活動が鈍るのに対し、湿潤状態では細胞は活発に活動できる、というのはちょっと考えれば至極真っ当なことかも。また湿潤療法では消毒も行わない。消毒液は患部の雑菌を殺す作用があるが同時に皮膚の再生に必要な細胞も殺してしまう。基本は水でよく洗うだけだ。

日曜に落車したあと帰宅し、まず傷をよく水で洗った。皮膚に細かい砂利が食い込んで悲惨な状態だった。水洗いした後、腕の擦過傷にラップを巻いてテープで固定しその日は寝た。腕の傷は熱を持ちなかなか寝付くことができなかった記憶がある。残念ながら落車当日の写真は撮っていない。というのも一日でそれほど治癒が進むとは思っていなかったのだ。

下の画像は翌日、月曜夜のもの。一日巻いていたラップを外し、患部を水洗いした直後。画像はちょっとアレなので少しサイズを小さくしてある(クリックで拡大)。

肘の上辺りが一番傷が深かったのだが、すでに皮膚の再生が始まっている。驚いたのは水洗いしても全くしみなかったこと。痛みもない。通常の治療方法ならば、ガーゼをあてて包帯を巻いているから入浴は困難だが、湿潤療法では患部を濡らすことには問題がない。患部は湿潤状態なので貼ってあるラップを剥がすのも容易だ。普通にシャワーを浴び、一緒に患部も洗った。すでに皮膚の再生が始まっている様子に慌てて写真を撮った。

下の画像は火曜の夜。朝にラップを交換し水洗い。夜、帰宅して同じく水洗いした直後。すでに患部が小さくなり始めている。


水曜、同じく朝と夜にラップ交換。水曜夜の写真がこれ。手首寄りの傷の浅い部分はすでに皮膚が再生し体液が出てこない状態。肘寄りの傷が深い部分もかなりピンク色になってきた。皮膚が再生している証拠。


木曜、朝にラップ交換。夜、患部を洗った後、すでに肘寄りの部分もほとんど再生している。念のため、肘寄りの部分だけラップ。


金曜朝、肘寄りの部分も皮膚が再生したのでこれにてラップは終了とする。

月曜夜と木曜夜の写真を並べてみると治癒スピードがわかりやすい。

40代の僕でこの治癒スピードなのだから、若い人ならもっと早く治癒すると思う。 従来の方法ならばガーゼを交換する際に患部に張り付いてしまったのを剥がすのに痛い思いをしたり、消毒液がしみるのを我慢したり、患部を濡らさないようにシャワーや入浴の際に気を遣ったりする。でもこの方法なら患部は湿潤状態のままなのでラップは簡単に剥がれるし(全く痛まない)かさぶたも出来ないから濡らすのも大丈夫。なによりかさぶたが出来ないので、患部周辺がひっつられたりした傷痕が残らない。これは傷の場所によっては(たとえば顔)大きな意味がある。

デメリットは患部から出る体液のにおいが結構きついこと。ラップを貼っているので周りにいる人が気がつくほどではないけれど、ラップを剥がした時に結構におう。このにおいで「化膿しているのか??」と思ってしまう人も多いらしいが、これは体液自体のにおいなので問題ないとのことだ。

あとはラップを巻いている部分があせもになりやすい。月火は横着して腕にラップを巻いていたので腕の内側にあせもが出来てしまった。これは患部にだけラップを貼ってテープ止めすればある程度防げるだろう。その場合にはラップの回りすべてにテープを貼って、体液が漏れないように注意する必要がある。 また、ラップを巻いたり貼ったりした状態では患部がラップ越しに見えるので不気味だw(そもそも腕にラップを巻いているのが知らない人から見れば何事かと思う状態だろう)。周りの人に引かれてしまうので、ラップの上に包帯を巻いていた。
3年前には湿潤療法用の広範囲を覆えるシートはなく、通常のラップを使ったけれど、今はいくつかの専用品がある。プラスモイストは夏井睦氏が考案したものだ。

湿潤療法による傷の治癒スピードをご理解いただけただろうか。外科の病院で湿潤療法を積極的に取り入れている病院も増えているそうだ。

ちなみに脚の傷は擦過傷というか、ひっかき傷が何本も出来た状態だった。湿潤療法との治癒スピードの比較の意味もあって脚にはラップを貼らなかったのだが、こちらはすべてかさぶたが出来た状態になり、腕の擦過傷の治癒後、更に一週間程度は治癒に時間がかかったと記憶している。結局、脚には傷痕とその周辺の皮膚の変色が残った。


余談だが、キズパワーパッドを商品化し世に送り出したジョンソン・エンド・ジョンソンは崇高な企業理念を持ち世界中で(特にアメリカで)高い信頼を持たれている企業だ。多くのアメリカ人にとって「ジョンソン・エンド・ジョンソンが商品として世に送り出したなら、それは安全ということだ」と認識されているという。つまりキズパワーパッド(=湿潤療法)はそういう治療法だと思っていい。

こちらも余談だが、脚の皮膚にめり込んだ小石を引っぱり出すのにピンセット片手に苦労した。ランス・アームストロングが自著の中で「脚の傷の縫合後、爪切りで糸を切って自分で抜糸してしまう。慣れれば簡単だ」と書いていたのを読んで「自転車乗りってこういう感覚が麻痺してくるのかも」と思ったものだ。
年間で数千キロ、さらには万の単位の走行距離になってくると、たまには落車もするし、落車しなくても脚の傷は頻繁に負う。治癒が少しでも早い治療方法で直したいと思うなら湿潤療法は試してみる価値がある。ツールの中継を観ていても、前日落車した選手が翌日巻いているのはガーゼと包帯ではなく、この手のシートである。

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