自転車っぽいアプリケーション

pedalfar2009-05-19

それは「Tree」というアウトラインプロセッサだ。
「新し物好き」のダウンロードをよくのぞく人ならバナー広告を出しているのを見かけたことがあるだろう。僕が久しぶりに出会った「Macらしい」アプリケーションだ。

アウトラインプロセッサの機能はWordにもあるけれど、使い勝手は比べものにならない。項目の追加、階層の移動、ラベル分け、すべての操作が直感的で軽快だ。
これはワープロソフトのオマケ機能としてのアウトラインプロセッサではなく、アウトラインプロセッサという単体アプリであり、他の余計な機能はない。僕が「Macらしい」というアプリはこんなシンプルで軽快なアプリを指す。そしてこういうアプリを「自転車っぽいなぁ」と思うのだ。機能満載のリッチなアプリケーションよりも、こういったシンプルなアプリが僕は好きだ。「自転車っぽい」というのは僕にとって最大級の褒め言葉だ。

他の人がどんなプロセスで原稿を書いていくのか僕は知らないけれど(他の人のプロセスには非常に興味があるが)、僕の書き方はこんな感じだ。
まず全体の構成を考えて、さらに大きく章立てを考える。次にその章に入れる要素を書き出していく。大雑把に要素を決めた後に、それに関連したフレーズを一気に書き出す。これはまさにひたすらフレーズを書いていく。それは章の書き出しの言葉だったり、締めの言葉だったり、間に挟む強い印象を与えるための言葉だったり。それを思いつくままに一気に書いていく。自分が走った時の話なら景色のこと、しんどかったこと、そんな自分の体験を思い出して書いていく。説明的な部分なら順を追って書くべき要素を並べていく。ある程度出し切った段階で、それらの要素を「Tree」の上で並べ替えたり組み合わせたりしながら構成を煮詰めていく。二冊目の本はこの段階の作業が「Tree」のお陰で非常にスムーズに、かつ高い精度(あくまで一冊目と比べた自分の尺度でだが)で進めることが出来た。
そうやって章立てが固まっていき、それぞれの章で書くべき内容のアウトラインが決まってくる。その段階で、各章に入れるフレーズをJeditに持って行く。JeditMacユーザー定番のテキストエディタだ。(余談だが現在のアートマン21(旧まつもと)とはJtermというパソコン通信ソフトの時代からのつきあいだ。JeditはもとはといえばJtermの入力支援ためにつくられたものだ)
Treeを使って大量に書き出したフレーズの前後にJedit上で文章を書いていく。フレーズが肉付けされ繋げられて文章になっていく感じだ。だから僕の文章は必ずしも文頭から文末に順を追って書かれた文章ではなく、場合によっては中間点のフレーズから前後に伸びていく文章だったりする。

ひとつの強いフレーズはそれだけで章全体の構成を決めてしまうことがある。たとえば「ロングライドに出かけよう」では6人の「距離が壊れている人」のインタビューに多くのページを割いている。最初に登場する佐藤さんは日本で600kmブルベを走った後にアメリカ転勤となり、あちらでブルベを走り続けている人だ(今週末は1,000kmブルベだそうだ)。彼に「しんどい時に何を考えて走っています?」と質問したところ、彼の答えは「落ち武者になって走っています」というものだった。僕はこの言葉を聞いたとき感動してしまった。
落ち武者だから「もうすでに負けている」。だから「何かに負けたくない、自分に負けたくない」とか関係ない。あとは生き延びるためにひたすら走るだけだ、という意味が込められている。佐藤さんはもともと言語表現力が豊かな人なのだけど、これはちょっと普通出てこない。しかも佐藤さんのキャラクターがひとことで表現されている。ここまで強いフレーズが出てくると、あとはもう簡単だ。佐藤さんのキャラ、走り方、走る時の工夫の仕方、それらがこのフレーズを中心に一気にまとまっていく。

他の5人もインタビューのなかに必ず印象深いフレーズがあった。それは本当に「遠くまで走る人」の言葉であり、実際に走っている人だからこそ出てくる言葉だった。インタビューで話を聞いているときも、それをまとめているときも、そして書いているときも、僕はとても楽しかった。もし僕が二冊目の本を書いて、一冊目の時より書き手として成長できたとすれば、このインタビューをまとめた体験が大きな財産になったのだと思う。

次のエントリーでは「自転車っぽいアプリケーション」についてもう少し書いてみたい。