「じゃあ作ってしまえ」で作ったもの その1:電子書籍アプリ

「じゃあ、作ってしまえ」と作ってしまったもの。ひとつめは電子書籍。正確には電子書籍アプリであり、さらに正確に言えば、その電子書籍ビューアーの部分だ。もちろん僕がプログラムを書いたわけではなく、書いてくれたのはpinprickの作者でもある田中亮一さん以前のエントリで書いたのはこの件の打合せの時のこと)電子書籍化にあたってのエディトリアルデザインやアイコンのデザインは、僕の20年来の仕事仲間である上野君というスーパーグラフィックデザイナーがやってくれた。

本のタイトルは「すべての仕事がやりたいことに変わる - 成功をつかむ脳機能メソッド40」。著者はドクター苫米地こと、脳機能学者である苫米地英人氏。新たに書き下ろされたものではなく、すでに紙の書籍として昨年の12月に発売されているものの電子書籍化で、紙の本の編集をしたのはウチのカミさんだ。7月にAppストアにアップしてすでに4ヶ月経つ。発売直後に一気に売れて、その後も毎日のように継続的に売れている。目からウロコのとてもおもしろい本だけど、本の内容はこのエントリの本題ではないのでここでは詳しく書かない。本題はこの本のフォーマットであるビューアーのことだ。

年明けくらいからか、カミさんに電子書籍について聞かれるようになった。カミさんのいる出版業界がにわかに騒がしくなってきたころだ。のちにiPadとして発表されるAppleタブレットバイスがぼちぼちウワサになってきたころだったろうか。
カミさんは以前は「紙の本と心中する」と言うくらい電子書籍にはアレルギーがあったのだけど、iPhoneを使いだしてから心境の変化があったようだ。それにビジネスとしていずれ関わらざるをえないという現実もある。すでにアプリのカタチで出ている電子書籍は沢山あった。
そのころ出版業界から見た電子書籍に関するニュースには、やたらと「危機」という単語が踊っていた。「出版業界の危機」「出版文化の危機」「活字文化の危機」とか。一体、なにが危機なのやら。人の一生でもそう何度もない大きな変化に立ち会える幸運なのに。
では僕のいるIT業界から見た電子書籍に関するニュースはといえば、デバイスやらフォーマットやらプラットフォームやら、そんな話ばかり。

僕とカミさんはお互いが持っている情報をもとに「これからなにが起こるのか」と予想をし議論した。2010年秋の今でこそ、電子書籍を取り巻く状況すべてを横断的に語る人も出てきたけれど、今年の初めの頃は、片や「一体これからどうなるのか」と大騒ぎが始まった業界と、片や「新しいメシの種」と鼻息の荒い業界だ。立脚点が違うし両方をつないで語る人もあまりいない。当然ながら話が噛み合わない。我が家の議論はまさにその縮図だった。2つの業界目線に加えて、一応、僕には本の書き手としての考え方もあるしね。

「紙の本と電子書籍」「本とは単なるテキストデータの塊ではない」「読者、著者のメリット・デメリットは」「売れるのか売れないのか」「主戦場はどこになるのか」…etcで、なかなか話が噛み合わない。だけど、この話に結論めいたものが出るのなら、とりあえずどういう結論が出るのか、暗黙のうちに僕らにはわかっていた。それは「やったことがないから一度やってみよう」という結論。立ち位置や考え方が違っても、最後の答えは二人とも大抵これだ。

余談だが、立脚点や目的やプロセスが違っても「やったことがないなにか」に対して、僕とカミさんが出す答えは大抵いつもこれだ。「やったことがないからやめておこう」とはならない。最後の最後はこれで一致するというのは、15年に渡って僕らが結婚生活を続けてこられた重要なポイントの一つだと思う。

で、あれこれ詳しく状況を調べ始めた。まずはiPhone向けに単体のアプリ形式で作ることを決め、既存の電子書籍アプリをあれこれダウンロードしてみて、どのフォーマットで作るか考えた。すでに実績のあるフォーマットを選んでそれに載せてもらえばいいと思っていたのだ。でも実際にあれこれ使ってみると、どうもどのアプリも操作感がしっくりこない。それにどのフォーマットもアプリの制作費のほかにフォーマット使用料として売り上げの何割かを払わなければならない。Appストアでの販売はAppleに対して売り上げの3割をコミッションとして払う。それに加えて2割、3割を電子書籍フォーマットの会社に払うのでは商売としておもしろくない。各社、現在ではこのコミッション設定は随分下がったようだけど、春先に問い合わせたとき、某社のフォーマット使用料は売上の30%だった。Appleに30%、電子書籍アプリフォーマットの会社に30%、残った40%を著者と分け合う・・・うーん、それじゃあ、おもしろくないよねぇ。
根拠となるデータは殆どなかったけれど、販売数を想定し、本の価格設定ごとに30%(フォーマット使用料として払う分)がいくらになるか計算してみると、ある程度の販売数までいけば、ベーシックなアプリの開発費分くらいになるんじゃなかろうか、と思えてきた。

電子書籍アプリをバラしたことがある人ならわかると思うけど、今年のはじめ頃に売られていた電子書籍アプリは、おおざっぱに言えば、中身はページ単位のデータとページ操作のプログラムをひとまとめにしたもので基本的な部分はごくシンプルだ(今はページ単位のデータではなくテキストデータの塊をページ単位で区切って表示するものも増えた)。
開発をお願いする人として真っ先に浮かんだのがpinprickの作者である田中さん。彼はtumbladdictというTumblrビューワーを作っている。クラウド上にあろうがアプリ内部にあろうが「ページをめくっていく」という電子書籍アプリの基本動作の勘所はわかるはず、と素人なりに考えた。早速連絡を取ってこちらの考える仕様を説明すると「いけそう」とのこと。
こうして大手出版社でもなければITデベロッパーでもない、田中さんと上野君とカミさんと僕という4人の電子書籍作りは始まった。そして出来上がった電子書籍アプリのフォーマットを僕らは「COG(コグ)」と名付けた。そう、自転車のコグ(ギヤ)だ。ロゴもギヤとギヤ回りのパーツとアーレンキーの組み合わせだ。自転車のようにカジュアルに、個人でも簡単に電子書籍アプリを出すことが出来るフォーマット。そんな気持ちを込めた。

COGが出来上がるまでのプロセス、COGどういうコンセプトで作ったか、何にに拘って作ったか、そしてこれを使ってやろうとしていることは何か。それを次のエントリで書こう。ひとつだけ先に書いておくと、COGは個人で電子書籍を出したいという人には無償で提供する。


※お知らせ

「自転車で遠くへ行きたい。」韓国語版ご希望の方、遅くなってすみません。ご希望の方は6名でしたので全員の方にお送りします(前のエントリにコメントいただいた方、twitterのDMをいただいた方も含みます)。お送り先を yonedu@pedalfar.com] までご連絡ください。